「女の人生、半分損している」と言われたら。
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記事:山田ねむさま(ライティング・ゼミ)
2つ年下の里美は、真っ赤な口紅が似合うタイプの女だ。
茶色に染めた髪を束ねて前髪はぱっつん。
黒いタイトスカートにさっぱりとした黒いサマーニット。
シンプルなノースリーブのニットの胸元には、ゴールドの高そうなネックレスがさりげなく光る。靴は、赤いハイヒール。
こんなに赤が似合う女を、わたしは他に知らない。
いつも凛としてしていて、意志の強さを感じさせるまなざし。
やりたい仕事しか絶対にやらないというぶれなさ。
彼女の夢は、フランス人と結婚してパリに住むことだそうだ。
里美は、会社の後輩なのだが、わたしに対して全く遠慮がない。
一緒に合コンに行っても、つまらないと途中で帰ってしまう。
「妹が風邪をひいたみたいで、ごはんつくってあげるために帰らなくちゃ」と。
誰も傷つかない、実にいい言い訳である。
だが、里美の妹は、よく風邪をひく。
肌が弱いわたしは、化粧品は苦手分野だ。
いつも使い慣れたものをずっと使っている。
そのため、中学時代はあんなに好きだったメイクへの関心もどんどん薄れ、新商品の化粧品への興味はおろか、メイク方法にも特に関心がなく、年がら年中おなじメイクをしている。春の新作のアイシャドウを買ったことすらない。百貨店のカウンターにも一度も行ったことがない。
そんな話をしていたら、ずばりと言われた。
「百貨店のカウンターに行ったことがないなんて!
先輩、女の人生半分損しています」
思わず、苦笑してしまった。
彼女の夢のひとつは、化粧品のPR担当だ。
とにかく彼女は化粧品を愛している。
ベースメイク品もいろんなものを取り揃えて丁寧に化粧すると、顔が全然変わるんだそう。コンシーラーとかハイライトとか、本当に面倒臭がりなわたしは大学生以来使っていない。
また、毎シーズン、新しい色を買うのが、女として生きている楽しみであり特権であると。それもドラッグストアの安いやつではだめ。
シャネルのアイシャドウは発色ももちも、全く違うのだそう。
そんなにたくさん持っていても何に使うの?と思うのだが、パーティーとかBBQとか、オケージョンに合わせて変えるのだそうだ。
普段の会社のときもデートのときも結婚式でも、同じ化粧をしているなんて言ったら彼女は卒倒するだろう。
そんな里美は、しばらくして会社を辞めていった。
念願の外資系の化粧品会社のPR職に受かったのだ。
自分の信念を揺るがすことなく追求している彼女は、まぶしかった。
「女の人生半分損している」と言われた言葉はなんとなく引っかかりがあったものの、数年が過ぎた。
相変わらず、わたしはデートの日も、会社の日も、変わらず同じ茶色のアイシャドウをしている。
ある日、会社のチームメンバーが辞めることになり、プレゼントはわたしが選ぶことになった。彼女はいつも自分でネイルを塗る子だ。ジェルネイルという、サロンで塗ってもらったら2〜3週間持つネイルが主流な中で、ネイルを塗ること自体がストレス解消になるからと1週間に何度もデザインを変えているこだわりのある女性だった。
そんな彼女にあげるものといえば、やはりネイルだろう。
送別の品だからこそ、高めのブランドのものがよいだろう。
ということで、数年行っていなかった某百貨店に足を運んだ。
百貨店の中でも、特に緊張するのが化粧品コーナーだ。
仕事の事情でブランド名は知っているものの、ここで化粧品を買った経験がないわたしにとっては未知なる世界。まとめ髪にきれいに制服を着た女性販売員たちが、さあ、お試しなさいと誘っている。ああ、怖い。
だが、今日は、ネイルだ。ネイルを買わなくてはならない。
ネイルくらいならわたしにも買えるだろう。
と思ったものの、ネイルもいただくばかりで自分ではほとんど買わないがために、どのブランドのどの色を買えば彼女に喜んでもらえるのかは全くわからない。
ワイン好きにワインを送ってはいけないというではないか。
そんなネガティブな考えが急に襲ってくる。
結局わたしは高からず安からず、パッケージがとにかくかわいくて一度は買ってみたかったコスメブランドの前に立った。
ああ、可愛い。これは可愛いぞ。
キラキラしたジュエリーのようなネイルたち。
どの色にすべきか、店員さんに聞くと
「夏はこういう派手な色が出ますね」
と濃いめのピンクやオレンジを紹介してくれた。
百貨店の化粧品コーナーに来慣れていないなんてことがばれたくなくて、必死にわかっているそぶりをしたかったが、なんとなく気恥ずかしく、勧められるがままに選んだ。
お会計の流れになり、店員さんは白い手袋をした。
そして、ネイルをボックスから出して、お色はお間違いございませんか?
と大層大事なものを扱うように、わたしが買うネイルを取り上げた。
それはまるで、宝石を扱うかのような仕草だった。
可愛らしいボックスを有料で購入し、そこにふわふわした素材を敷き詰めて、ネイルを丁寧に置いていく。
お会計でお金を受け取るときの仕草、お渡し用の袋をお入れしますねという声がけ、一緒にサンプル品を入れてくれる、メンバーズカードの案内。
どれをとっても、いつもある、ありふれた光景のはずなのに
一つ一つがなぜか、ちょっと違っていた。
わたしはもしかして上客なのかもしれない。
そう勘違いしてしまうような、特別感のある接客だったのだ。
思わずわたしは、自分用にもひとつだけ新色のネイルを買った。
どちらかというと男性的な脳みそだと指摘されることが多い私は、同じものを買うならば少しでも安くて便利なネットショップでいいじゃないかと思っていた。だが、「化粧品を買うときには百貨店でなくちゃ」という女性の気持ちが少しわかった。色を確かめられる、アドバイスを受けられるみたいな実質的なメリットだけではない。
化粧品を買うという行為は、自分の中の女性性をたしかめる行為だ。その瞬間を、宝石のように、上客のように、丁寧に扱ってもらえるということは、イコール自分が高級な女になったかのような錯覚をおこす。これは気持ちがいい。
「化粧品を百貨店カウンターに買いに行くというのは女に許された特権」
わたしは、女の人生のもう半分を少しずつ取り戻すことにした。
***
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